天河流動縁起


第一章 白老師との出会い

【不思議な夢】

 蒼く闇の深い一夜であったと記憶している。

 リアルな夢をつづけ様に見た。

 中でも特に強く印象に残った夢がひとつある。

 夢の中、真っすぐな道を、ひとり歩いていた。
 道は暗く、空には月も星もなく、あたりには草も木もなく、もちろん人工的な建物などなにひとつとして建ってはいなかった。

 道はどこまでも真っすぐに続いている。

 という淡いイメージだけが逐次足元をかたち造っていくような、何とも暗漠とした道程であったが、しばらく歩いていると、不意に前方から神々しい白光につつまれたひとりの老人が近付いてきた。

 白い髪、白い髭、白い着物。

 目尻に深くきざまれた皺波は、途方もない年輪を想像させたが、それに反して碧黒い瞳の輝きは若々しく、覇気に満ちた肢体は力強く、足取り(素足)も実に確かなものであった。

 遠目にも確固たる威厳を感じさせる容貌に、わたしは不思議な魅力を感じて注目した。すると、奇妙な仕草をしていることに気付いた。

 老人の左手にはクリスタルの壷があった。

 中は光輝をはなつ様々な宝玉で一杯になっており、老人は右手でそれらをつかみ出しては、あたり一面にまき散らしていたのである。

 黄、白、赤、黒、青、緑、橙、紫、銀、金……。

 漆黒の闇につつまれていた世界は、みづから光を放つ色とりどりの宝玉できらめきあふれ始めた。

 シャレたことをしているなあ。と感心しながら、さらに足を進めた。
 すると、いよいよすれ違おうかというその時、老人はようやくわたしの存在に気付いたのか、一瞬驚いた表情を見せて立ち止まった。

 相対して立ち止まると、こころの底を射抜くようなまなざしが、気持ち良いほどにわたしの中を通りすぎるのが実感された。

 二人はしばらく無言であった。がやがて、老人はニコリとほほ笑み、

「次はあなたの番です」

 クリスタルの壷を差し出してきたのである。

 胸元につき出された壷を、わたしは考える暇もなく反射的に受け取った。だがすぐに、

 わたしの番?
 なにをしろというのか?

 などの疑問が次々とわき起こり、思わず老人を見返した。

 だがその姿はすでになかった。

 行く手には彼のまいた宝玉が、あたり一面に光り輝くばかりだったのである。

 しかも時間がたつにつれ、宝玉たちはいよいよきらめきを増しているようで、微妙に震動しては鮮やかな彩光を刻々と発輝していた。まるで命あるかのように。

 代わりにまけというのだろうか……。

 宝玉の海の中、漆黒の闇の下、訳の解らぬままふたたび歩き始めたわたしは、何気なく手渡されたクリスタルの壷に目を落とした。

 すると驚いたことに、宝玉がいっぱいに詰まっていたはずの壷は、いつの間にか姿を変え、満々と清水をしたためた、クリスタルのジョウロに変化していたのである。

 不可解に思いながらもその口を傾けると、透明な清水がキラキラとさざめきながら宝玉の上にそそがれた。しかも、まさにそれを待っていたかのように、宝玉たちはいきおいよく清水を吸い込み、すぐさま芽をふき、根をはり、茎を延ばし、色とりどりの華を咲かせ始めた。

 何ともいえぬ芳香を漂わせながら。

 これがわたしと白老師との初めての出会いであった。

*白老師という名前は、わたしが勝手に付けたものである。何故なら老人はなかなか本名を明かそうとしなかったから。

 だがこの夢が、はたしてどんな意味を持つ夢であったのか、またその後の人生にどれほど重大なかかわりを持つものであったのか、翌朝目を覚ました時、正直なところわたしは少しも自覚してはいなかった。

 本書の著者である、わたし。誕生にさいして語るべき逸話も持たないが、いかなる理由からか幼いころから夢をよく見、目を覚ましたあとも細部まで鮮明に記憶しているタイプの人間であった。

 しかも夢の中では、自分は確かに夢の中にいるという第三者的な自覚をつねに持ちながら、夢を体験している(明晰夢)場合がほとんどであった。

 だからこの夢も、いささか象徴的なニュアンスは感じられたものの、普段にまして鮮明に記憶していたこと意外は、とりわけ重要なものとは感じられなかったのである。

夢の世界は日常生活とは比べものにならないほどに自由奔放なものであり、奇抜さの点からいえば、もっとスケールの大きい破天荒な夢や、数十夜におよぶドラマ仕立ての連続夢や、あまりにもリアルな正夢を、わたしは数多く体験していたのだから。

 実際この夢が、いままでに見たどんな夢ともことなるものであると気付いたのは、実はしばらくたってからのことであった。

 白老師が夢の中ではなく、昼日中わたしの前にたびたびあらわれ始めたのである。





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